NPC:セイルの森ロアの村のシーシャ

セイルの森ロアの村のシーシャ(森人・女・13歳・精霊術科)

…西大陸からやってきた途中編入生(留学生)です。昨年の春からエスタイン学園で学んでいます。
 学園に来るまでは、エスタイン王国より南にあるマースヴァルト共和国、その中央部に位置するセイルの森で暮らしており、転入するにあたって初めて森を出た、という筋金入りの「箱入り娘」です。
 共通語や東大陸語も得意ではありませんが、補習を受けたり友人から教わったりして、日々上達しています。
 精霊術士の素質があり、専科は「精霊術科」を選択しています。仲のいい精霊は風と土の精霊です。
 人間社会の常識に欠けてはいますが、いつも朗らかで、森人であることや精霊術士であることを鼻に掛けることがないため、誰からも好かれています。
 森の中で育ったため、人工建造物の中に長くいると閉塞感を覚えるようで、暇を見つけては学園敷地内の森や草原に出かけています。


「わたし、シーシャです。よろしこ? よろしく? うーん、にんげんのことば、むずかしですね。でも、だいじょぶ! すぐおぼえて、いぱいおはなし、するですよ!」
 

DATA:
・氏 名:セイルの森ロアの村のシーシャ
・年 齢:13歳
・髪の色:濃茶
・目の色:緑
・肌の色:白
・専 科:精霊術科
・選択科目:なし
・自由選択科目:「応急処置」「薬学」「声楽」「弓術」
 ※そのほか低学年の基礎過程6科目の補講を受けています
・性 格:朗らか
・趣 味:歌
 
《prologue》

 夕暮れ時の森は、ねぐらへと急ぐ動物達で騒がしい。
 巣に帰る鳥達のお喋り。やっと目を覚ました獣達の遠吠え。そんな音が混じり合うこの時間が、シーシャは好きだった。
 梢に腰かけて、遥か彼方に沈みゆく夕日を眩しそうに見つめる。見渡す限り続く森は《セイルの森》と呼ばれている。東大陸の南に位置する広大な森、そして彼女の生まれ育った場所だ。
 あの木々の向こうには、人間の暮らす町がある。村の大人達からそう聞かされているものの、人間を見たことのないシーシャにとっては、いまいちピンとこなかった。
 シーシャにとっての世界は、この森や動物達、そして村の人達で構成されていて、その外側にあるという世界は、まるで御伽噺のように現実味のないものだ。
「綺麗な空……」
 金色から赤を通って紫、そして濃紺までの美しい色合いに染め上げられた空。昼と夜の混じり合うこの時間は、とても美しい。
だからシーシャはいつも、この時間になると、お気に入りの歌を口ずさむ。

「夕日よ染めて 黄昏時を
 闇の帳が降りる前に
 夕日よ染めて 私の髪を
 悲しみ色に 染まらぬように」


 透き通った歌声に、それまでざわついていた周囲がしん、と静まり返る。まるで森そのものが息をひそめ、その澄み渡る歌声に耳を傾けているようだ。

「命の色が 空を染めて
 命の色が 森を染める
 夕日よ染めて 私の心
 希望の色に 染めあげて……」


 歌い終えて息を吐く彼女の髪を撫でるように、夜の匂いをまとった風が吹き抜けていく。濃茶の髪が揺れて視界を遮ったが、シーシャは文句を言うでもなく、さらりと前髪を掻き上げた。
「早く髪を結えればいいのに」
 澄んだ歌声とは裏腹に、喋る声はまだ幼さが残る。それもそのはずで、シーシャは村で一番若い森人だ。まだ生まれて十二回しか歳を重ねていない。
 長寿を誇る森人だが、生まれて十五年ほどは他の種族と同様に成長する。背の丈はようやっと、大人達の胸の辺りに届くか届かないか。目方に至っては、齢四百年を超える村の長老ですら、彼女を抱えて軽々と散歩できるほどだ。
 森人の年齢は外見から判別しづらいものだが、判断基準の一つとして「髪の長さ」があげられる。子どものうちは髪を肩くらいに切り揃える習慣があり、成人してようやく髪を長く伸ばすことが許される。もちろん、シーシャの髪は肩の長さできれいに整えられており、結ばずに下ろしたままだ。

「シーシャ」

 突然背後から呼びかけられて、シーシャは驚きのあまり梢から転げ落ちそうになった。
「ミーフォ。驚かさないでください」
 振り返らずとも声で分かったので、枝にしがみつきながら抗議の声を上げる。
「私の気配が感じ取れないとは、まだまだ修行が必要ですね」
 何時からそこに立っていたのか、木の幹にもたれるようにして柔和な笑みを浮かべている青年は、ロアの村のミーフォ。村長の補佐をする傍ら、幼くして両親を病で亡くしたシーシャの親代わりを務めてきた人物だ。見た目は若いが、二百歳はとっくに超えているはずだった。正確な年齢を教えてくれたことはないが、年を重ねるにつれ、自身の年齢に頓着しなくなるのが森人の特徴だ。
「シーシャ、《大樹老》があなたを呼んでいます」
「大樹老が!?」
 驚きのあまり大声を出してしまい、慌てて口元を押さえるシーシャ。
 《大樹老》はセイルの森にいくつもある森人の村をまとめ上げる、まさに雲の上の存在だ。《始まりの大樹》と呼ばれる巨木と共に暮らしており、人前に出ることはほとんどない。
 そんな偉大なる人物に、なぜ自分が呼ばれたのだろう。もしかして、先日森の外から迷い込んできた犬を助けたのがばれたのだろうか。それとも、村の入り口に落とし穴を掘って村長を嵌めようとした件でお叱りを受けるのだろうか。
 落ち着かない様子の少女にくすりと笑い声を上げて、ミーフォは安心なさい、と続けた。
「良い知らせですよ。村長は腰を痛めて動けないそうですので、私が代わりに案内します。さあ、暗くならないうちに行きましょう
「はい」
 シーシャは枝からひらりと飛び降りると、軽やかに走り出したミーフォの後を追って走り出した。


 セイルの森の中央に聳え立つ、樹齢何千年とも言われる巨木。それが《始まりの大樹》だ。
 天を衝く梢、張り巡らされた木の根。その幹の太さは、大人が何十人と手を繋いでも足りないほどだ。
 その苔むした根元に、老いた森人の姿があった。色褪せた髪に長く蓄えた髭、緑の濃淡に染められた長衣をまとったその姿は、まるで《始まりの大樹》が人の姿を借りて現れたかのようだ。
「まだ来ぬか?」
 しわがれた声で尋ねる老人に、控えていた森人が答える。
「は、もうしばらくかと……」
「ふむ。儂が天に召される前に、辿り着けばよいのだがのう」
 ほっほっほ、と顎髭をしごく老人だが、集まった森人達はとんでもないと言わんばかりに目を剥き、その中の一人が見かねたように口を開いた。
「大樹老、御冗談が過ぎますぞ」
「おやおや。お主らのような若葉には、この老木の冗談は刺激が強すぎるかのう? なあに、まだ当分は逝かぬよ。安心せい」
 茶目っ気溢れる切り返しに、やれやれと溜息をつく森人達。
 大樹の前に自然と出来上がった広場、そこに集まる森人は、いずれもこの広大なセイルの森の中にある村々を取りまとめている者達だ。大樹老からの緊急招集とあって、取るものも取りあえず駆けつけたところにこの冗談では、心臓に悪いこと極まりない。
 ――と、不意に人の輪の一部が崩れて、二人の森人が広場に現れた。一人は見知った顔だが、もう一人、この場にはそぐわない幼い少女に、集まった人々の視線が集中する。
 思わず身をすくませるシーシャに、大樹老は優しく呼びかけた。
「よく来た、ロアの村のシーシャ」
 労わるような声音にほっと肩の力を抜き、そして慌てて地面に片膝をつく。
「お、お初にお目にかかります、ロアのシーシャにございます」
「そうかしこまるでない、我が《小枝》よ」
「《小枝》!?」
 思わず素っ頓狂な声を上げて立ち上がる少女に、一歩後ろで控えていたミーフォが苦悩の表情で頭を抱えていたが、少女は気づくことなく裏返った声でこう続ける。
「私が、ですか!?」
 《小枝》――。それは大樹老の後継者を意味する言葉。そのくらいはシーシャでも知っている。大樹老は村長の中から選ばれるものではなく、前任者からの指名制であることも。
 ただし、森人の寿命は果てしなく長い。よって大樹老の交代も、それこそ何百年に一度しか行われない。
「シーシャよ、そなたはこの《始まりの大樹》を受け継ぐもの」
 厳かに告げる大樹老に、しかしシーシャは立ちすくんだまま、ふるふると首を横に振った。
「む、無理です!  私はまだ12歳です。《大樹老》を継ぐ資格など、あるとは思えません」
  滅多にない交代劇だが、それでもこれまで後継ぎは三百歳ほどの『若者』から選ばれてきた。だがシーシャはまだ成人にすら達していない。
「《始まりの樹》が、そなたを選んだ。そなたは紛れもなく、《始まりの樹》を受け継ぐもの」
 痩せ衰えた指でシーシャを指差す大樹老。
「――だが、まだ十分ではないのう」
 厳かな声音から一転、軽い調子でつけ足され、シーシャは思わず目を瞬かせた。
「十分ではない……?」
「シーシャよ、大樹老に必要とされる力は何だと思う?  何でもいい、思いつくものを言ってみなさい」
 突然の問いに、シーシャはしばし悩んだ末に、おずおずと口を開いた。
「導く力……ではないのですか?」
 精一杯の答えだったが、大樹老は首を横に振る。
「ふむ。シーシャよ、そなたはまだ若い。若いどころか、卵の殻をつけたままのひよっこじゃな」
 ぐさりと刺さる指摘だが、齢四百歳を超える老人からすれば、まだ十二歳のシーシャなど、確かに赤子も同然だろう。
「よって、そなたに「エスタイン王立学園」での修行を命じる」
 厳かに宣言された言葉に、集まった森人達からどよめきが起きたが、言われた当人はきょとんとして、小鳥のように小首を傾げた。
「えす……? どこなの、それ」
 ついぞんざいになる言葉に、しかし大樹老は咎めることなく、ぴっと人差し指を立てて解説を始めた。
「東大陸の北、エスタイン王国にある学校じゃよ。冒険者育成校などと呼ばれておるがのう。他国からの留学生も受け付けておる。本来なら7歳から入るところじゃが、問い合わせたところ途中編入も受け付けているそうじゃ」
 やけに俗っぽい台詞が大樹老の口からぽんぽんと飛び出してくるが、気にするところはそこではない。
「人間の、学校!?」
「人間だけではないぞ。山人や空人、中には花人の生徒もいるそうじゃよ。多種多様なものが集い、共に学ぶ場所。《小枝》の修行場所としては最適じゃろう?」
 器用に片目を瞑ってみせて、そして大樹老は再びしかつめらしい表情を作ると、朗々と告げた。
「シーシャ。我が《小枝》よ。かの地で様々なものに触れ、様々な声を聞け。そして、大樹老を継ぐために必要なものが何か、答えを見つけてくるのじゃ」
 大樹老直々の命とあっては、拒否などできるはずもない。それに――外の世界に興味がないと言ったら、それは嘘になる。
どこまでも広がる青い海や、地平線に沈む夕日。話でしか聞いたことのない世界を、この目で見ることが出来るのなら――!
「はい! ロアの村のシーシャ、エスタイン王立学園にて学んでまいります!」
 精一杯体裁を取り繕い、元気に答えるシーシャに、大樹老は目を細めて頷いてみせた。
「入学手続きはすませてある。新学期には間に合わなんだが、学期途中からの転入も受け付けているそうだから、一日も早くエスタインへ向かうのじゃ」
「はい!」
 力強く頷いてみせたはいいが、何せこれまで一度も森の外に出たことがないものだから、何から始めていいのかも分からない。
(森の外に出て、それからどうすればいいの? 道? 道を辿ればつけるのかしら。何日くらい歩けば着くの? 途中のご飯とか、寝る場所はどうするんだろう?)
 ぐるぐると考え込んでいるシーシャを横目に、ミーフォがすっと大樹老の前に進み出た。
「大樹老にお願い申し上げます。シーシャは村の掟に従い、これまで村から外に出たことがございませんし、平原人の言語にも通じておりません。どうか、エスタイン王立学園までの道案内をつけることをお許しください」
「もちろんじゃ。学園に辿り着く前に迷子になられては元も子もないからのう。旅慣れた者を一人、案内役として同行させるといい」
 その言葉に、ほっと胸を撫で下ろすシーシャ。
「さて、誰を案内役につける?」
「お許しさえいただければ、私が同行いたします。恐らく最も旅慣れているのは私でしょうし、エスタイン王国には知り合いもおりますので」
 その言葉に、シーシャは思わず目を見開いて、斜め前に立つミーフォの顔をまじまじと見上げてしまった。
 いつも口を酸っぱくして「森の外には出てはいけない」「他種族とかかわりを持ってはいけない」と諭していたのは、誰であろうミーフォその人だ。そんな彼が、外の世界を旅した経験があると告白したことばかりか、村長補佐という立場を押して同行すると宣言したことが、余りにも予想外だった。
 しかし大樹老はにこにこと顎を撫で、そうじゃな、と頷く。
「確かにお前さんが適任じゃな。よかろう。行っておいで。ただし、今度は寄り道せずにきちんと帰ってくるんじゃぞ、ミーフォよ」
 何やら含みのある言葉に、ミーフォは苦笑いを浮かべて「もちろんです」と答える。
 そして大樹老は、広場に響き渡る声で宣言した。
「では、村に戻って準備を整え、明日の夜明けと共に出立するのじゃ。学園を卒業するまで、森に戻ることはまかりならん。よいな、シーシャ」
「はい!」
 不安はある。しかしそれ以上に、好奇心がシーシャの背中を力強く押す。
「行ってまいります!」
「まだですよシーシャ。まずは準備をしないと。路銀もなしに旅に出たら、辿り着く前に野垂れ死にです」
 絶妙に水を差されて、頬を膨らませるシーシャ。その様子を見てにこにこと微笑む大樹老に呼応するように、《始まりの樹》が心地よい葉擦れの音を響かせる。
「一刻も早く村に戻って旅支度をせねば。急ぎますよ」
「わあ、待ってくださいミーフォ!」

 旅は、まだ始まってもいない。